小説

2016年11月23日

連載の方が頓挫してしまっているので、お詫びも兼ねて、以下ポエムちっくなアルジル短文。

同じBLでもプレジルとの雰囲気の違いを楽しんで頂ければ。



以下、耐性のある方だけどうぞ。



↓↓↓








続きを読む

(01:00)

2016年05月14日

「君は随分と軍備に金をかけているのだな」



 ──1429年6月。

 マラドゥルリーの地に揃った勇壮にして華麗な騎士団を目にして、リッシュモンは思わず感歎の声を上げたものだ。



「人材もまた資産です。

 技術と才能は時間をかけてつくられるもの。一朝一夕で最強の軍団を作る事は出来ません。経験を金で買う事は出来ないのですから。

 私が彼等の中に宝を見出し、それに正当な対価を支払うからこそ、彼等もまた誇りを持って私の期待に応えてくれる。

 人は誇りと共に在る時、決して光を見失う事は無い。

 今のフランス軍に最も足りないのは、人としての深い誇りとそれに伴う強い意志です。

 我々、上に立つ者は、己を慕ってくれるものに、パンと娯楽ばかりではなく、人としての誇りを与えなければならぬのです」



 そんな考え方をする人間に会ったのは──ましてやそれを堂々と自分の前で口にした人物は、彼が初めてだった。

 だからこそ魅かれたのだろう。



 その聡明さと高潔さに。そしてその理知に内包された優しさと純粋さに。

 

 そう。かつて彼が、今は亡き尊い少女に惹かれたように──



 

◆◆◆






続きを読む

(19:57)

2016年04月27日

──果たして、一体どちらが光でどちらが影であったのか。

 気が付けば、傍らにいるのが当たり前になっていた。

 君は私で、私は君。

 互いに背負い、互いに分かち合い、かつて一人の少女が示した見果てぬ夢を追い求め、ひたすらに戦場を駆け抜けた。

 理想という絆で結ばれた、我が魂の半身よ。

 その道行の果てに、どうか幸多からんことを──







◆◆◆





 此度も募る主の期待を裏切らず、託された任務を鮮やかにこなして見せた彼の側近──現在、周囲からはただ〈影法師〉とだけ呼ばれる人物が、リッシュモンの下を訪れたのは、ちょうどまた別の寵臣が、件の側近について強い口調で諫言する最中のことであった。



 穏やかな昼下がり。フランスが誇る名将にして有能な政治家である伯爵の執務室に現れた、見るからに怪しげで不吉な黒衣の長身。その汚らわしい姿を認めると、代々ブルターニュ公爵家に仕え、リッシュモンにも揺るがぬ忠誠を誓ってきた古参の男は、低く舌打ちする。



 そんな同僚の敵意を知ってか知らずか、凍りつく場の雰囲気を軽やかに受け流し、静かに論議の場に割入ってきた〈影法師〉は、信頼厚い伯爵の前で優雅に頭を垂れた。



「やあ、我が友よ。大事は無いかな?」



 親しみの込められた口調で発せられた「友」という単語に、ひとまず伯爵の傍らへと控えた男の眉が急角度で跳ね上がったが、リッシュモンは意に介さず言葉を続ける。



「今回もよくやってくれた。

 これでまたフランスの勝利と、我々の理想にまた一歩近付いただろう」



 〈ヨーロッパ最高の将軍〉の誉れも高い〈正義の人〉──アルテュール・ド・リッシュモンによる労いに、本来であれば叙勲を受けてもおかしくない本作戦最大の功労者は、あくまで控えめにそれを受け取った。



「いえ……彼や彼の部下が良くやってくれたおかげです」



 〈影法師〉がここで初めて、執務室に訪れていたもう一人の存在に気付いたかのように、顔を向ける。

 話題を投じられた方はといえば、黒衣と目が合わぬよう、慌てて床へと視線を背けた。

 その様子に、内心リッシュモンは苦笑いする。



 耳に心地良い、爽涼とした美声。フードの奥に隠されたその素顔を伺い知る事は叶わないが、艶と張りを持った声音からは、その持ち主がまだ若い男である事だけが察せられる。

 どんな貞節な淑女であろうとも、一度甘い言葉を耳元で囁かれれば、うっとり身を任せずにはおられまい。この声が時に剣戟鳴り響き、砲が轟く血生臭い戦場で号令を発していたとは、彼の正体を知る者でさえ、にわかには信じ難いほどだ。

 

「……とはいえ、私の代理として君自身が為した働きも大いに評価されてしかるべきものだ。

 この短い間に、これだけフランスと我らが陛下の為に貢献してくれたのだ。君の事についてとやかく言っていた者も、認めざるを得ないのではないのかな?」



 にやりと、端正な顔に毒を含んだ笑みを刻みながら、「友」との会話の最中、黙して己の脇に控える寵臣に視線を向けるリッシュモンも人が悪い。

 おかげで当人が部屋に入って来るまで、さんざん伯爵の前で〈影法師〉に対する不満を並べ立てていた男は、居た堪れない空間の中、顔を耳まで真っ赤にしながら、小さく「ウィ」と同意を示す他はなかった。



 対して〈影法師〉の方はと言えば。

 更なる心からの賞賛にも、答える声は一片の驕りもなく、沈着冷静にして謙虚であった。



「ありがとうございます。

 ……それでは閣下。他に御用がなければ、私はこれにて失礼させていただきたいのですが。

 何やら込み入ったお話の最中のようでしたし」



 執務卓の脇で硬直していた男の肩が軽く揺れたが、とりあえず伯爵は見て見ぬふりをする事にした。



「ははは、なに、大したことではないさ。気にするな。

 次の仕事までゆるりと寛いでいてくれたまえ」



 リッシュモンが〈影法師〉の申し出へと鷹揚に答える。



「何か君と話したくなったら、私の方から出向こう。

 ──では、またその時に。我が友よ」



 入室時と同様、一部の隙もない完璧な礼で報告を締めくくった〈影法師〉の長身が静かに執務室から去ると、リッシュモンはようやくその場にとり残されたままになっていた哀れなもう一人の立役者へと微笑んだ。



「さて……話の腰を折ってしまって悪かったな。先程の続きをする事にしよう」



 わざとらしく、小首をかしげて宙に視線を彷徨わせながら、伯爵は先刻まで行われていた会話の内容を反芻する。



「ふむ、どこまで話していたのだったか……

 〈影法師〉の存在が大層私の軍の風紀を乱していて、目に余る独断専行によって、君をはじめ多くの忠臣が蔑ろにされているという件だったか……

 いや、彼が私を暗殺に来た呪術師という内容だったかな?

 まあ、良い。この際お前の気が済むまで吐き出すとよかろう。

 もっとも、それに対する私の答えは、変わらないがね」



 執務卓の下でごくさりげない挙措で足を組み直した後、フランス王国随一の才人たる伯爵は、澄ました顔のまま、あくまでも優しい口調で鉄槌のような言葉を放った。



「お前はこれまで良く私に尽くしてくれた。

 故に、少々疲れがたまっているようだ。しばらくの間、軍務を離れ休養を取ると良い──ああ、今後の作戦の進攻についての心配は無用だ。お前の居なくなった分の穴も、我が友が埋めてくれるさ」





◆◆◆





 先日ツイッターの方で呟いた通り。

 次回更新予定の小説の新作は、ジルさんとリッシュモンさんのW元帥によるオフィスラブなお話になります。略してアルジル。

 ジルジャンを期待していた方は申し訳ない。 一応、ジルジャン前提の話ではあるのですが。

 

 プレさん相手の時とは違い、年長者のアルテュールさんが絡んでくると、ジルさんに対してそこはかとなく乙女化警報が出ているのですが、BL(もといML、メンズラブ。20代後半と30代後半の組み合わせにボーイは正直キツイよな……)に免疫がある方は、よろしければチェックしてやって下さい。

 連休中には更新予定です。



 余力があれば、ジルジャンも書きたい。

 イラストも外部発注は難しそうなので、そのうち復帰予定です。
























(17:01)

2015年10月07日

──これまで『還り着く場所』の連載を追ってきて「これ本当に吸血鬼モノなの?作者はその設定忘れてね?むしろジルさん、サキュヴァスでしょ。と思っていた貴方へ。



大丈夫、はいてますよ。忘れてませんよ。





そんなわけで、小説連載……もとい、『ウルカヌスの柩』ジルジャン編のグランドフィナーレを前に、最終話を少しだけチラ見せです。

さりげなくルカさんやクリス君涙目なネタバレがあり。



2話渡って繰り広げられた濃ゆいベッドシーンが見れない人向けに、出来る限りの範囲で二人の関係の補完をしてみましたが……人によってはこれだけで本当に充分かもしれません。





■■■





 その夜。離れていた時間と心の傷を埋め合わせるかのように、互いの温もりを追い、何度も命を溶けあわせた後。

 愛しい人の腕の中で、心地良い倦怠感に包まれながら、彼女──ジャンヌは夢を見ていた。



 彼女が立っていたのは、見覚えのある聖堂の中だった。

 かつて、栄光の頂点の時に多くの仲間と共に歓喜の瞬間を味わったランスにあるノートル=ダム大聖堂。

 彼女が愛する人と結ばれるまでの長い歴史の中で、革命や大戦によってその荘厳な姿に壊滅的な被害を受けながらも、今尚多くの人々の祈りに支えられてフランスを見守り続ける奇跡の地。



 在りし日に元帥位を授けられたばかりの想い人と国王が聖別される様子を見守ったその場所に、彼女は再び戻ってきていた。

 しかし、今彼女が身に纏っているのは、勇ましく華々しい戦装束ではなく──裾の長い楚々とした花嫁衣装。どこか喪服を連想させる漆黒のローブデコルテであった。

 傍らには他ならぬジルの姿もある。やはり正装姿の彼は、ジャンヌの視線に気が付いて柔らかく微笑み返す。

 静寂に包まれた伽藍の中には、二人の他に気配はなく、ただ頭上からステンドグラスからの淡い光が射しこんでいるばかり。



 生涯の伴侶となる人の包み込むような微笑に見惚れていると、ふいにオルガンの音が鳴り響く。

 燭台に次々と炎が灯され、淡く揺らめく明かりの中で、ジルがジャンヌの手を取った。

 その手は神聖な祈りの場にありながら、赤黒い血で汚れている。しかし、その手が多くの人間の命を奪いつつも、また同時に途方もなく多くの可能性を救ってきた事を知っている少女の目は、とても誇らしく尊いものとして映った。



 彼がもし不浄の存在だというのなら。彼に守られながら戦場を駆けた自らも十分罪に穢れている。

 彼は私が受けるべき返り血を浴びながら、私が振るうべき剣を振るっていたのに過ぎないのだから。

 だから、これからも私はその痛みも喜びも、分かち合いながら生きていく。



 少女の瞳を真っ直ぐ見つめ返す青年の瞳が、淡い光の中で、緩やかにその色を変じていく。

 常に知る湖水の碧から、炎の赤に、そして赤い輝きが温度を上げ昇華してゆき──やがて豊穣の黄金色へ。



「……恐くはありませんか」

「いいえ。

 前にも言ったでしょう?私は貴方に感謝する事こそあれ、忌まわしいなどと思う理由はありません」

「ありがとう。貴女の存在だけで私は救われる」

「私も同じです」



 青年の唇が少女の手の甲に落ちる。それは少女への忠誠を誓う口付け。全ての始まり。

 次に唇は愛らしい額に向かい、二人で過ごしてきた時の中で密やかに温めてきた親愛の情を示す。

 そして──



 額から唇を離した後、どこか躊躇うように目を伏せ、その動きを止めたジルに、ジャンヌが囁く。



「ジル、私の覚悟は決まっています。

 貴方が何者でどのような宿命の下、生まれてきているのだとしても。

 私は貴方の全てを受け入れたい」

「……本当に貴女と言う人は……恐れというものを知らないのですね」



 苦笑した青年の美貌が、再び彼女に近付き──鮮やかな朱唇を素通りして、その白い首筋に沈みこんでいく。

 ゆっくりと開く咢。『牙』と言って差し支えないほど長く伸びた犬歯が、柔肌に食い込んだ。



「ああ……」



 少女の唇から漏れたのは、痛みに対する苦鳴ではなく、恍惚の溜息であった。

 捕食者に血液と命を吸い上げられながら、彼女の身体が感じていたのは紛れもなく悦びであり、眩暈がするような幸福感が身体の芯を突き抜け、思考を蕩けさせる法悦が、青年に委ねられた少女の肢体を震わせる。



 知らず、その交わりが深くなるようにジャンヌはジルの背中へと腕を回し、ジルもまた少女の細い身体をより強く抱きすくめる。

 罪深い契りの儀式に酔い痴れ、生と死の狭間で至福の時を味わいながら、二人は互いに永遠を誓う。

 血塗られた自分達にはこれ以上ないほど、相応しい門出だと少女は思った。



「さあ、行きましょう。私の花嫁」



 名残惜しそうに首筋をひと撫でしてから、ジルの唇が少女の肌から離れる。

 はにかんだ笑顔でジャンヌが彼の意に応え、その力強い腕に導かれながら、新たな生を歩み出す。



 今、神の教えに対して最も忠実な徒であろうと、誰よりその身を律し、人々の願いと原罪の十字架を背負ってきた二人が、手を取り合って祭壇の前を後にする。

 供物の代わりに捧げられた、古びたロザリオを置き去りにして。





■■■





 続きは一応週末から連休中にかけて更新予定です。

 作者にとっても二人にとっても、本当に長い道のりだったなぁ……まだ加筆修正作業が残っているけど。












(22:06)

2015年10月01日

とうとう今月は元帥誕ですよ~ということで。

更新が遅れている連載小説の続き、ヤプログに掲載して差し支えの無い部分をちょこっとだけ。





『還り着く場所』(24)





「ジャンヌ……どこか辛かった……ですか?」



 とうとう両手で顔を覆って嗚咽し始めた少女に、青年が気遣わしげな表情で声をかける。

 声の様子から相手の不安を感じとり、ジャンヌは頭を振ってそれを否定しつつ、とめどなく零れ落ちてくる涙を必死に指で拭う。



「違うんです。

 ただ……嬉しくて……幸せ過ぎたら、何だか色々思い出してしまって」

「……ジャンヌ」

「ジル……昔、シノンで私が広間にやって来た時、貴方は『光が見えた』と言っていましたね」



 ふわりと、はにかんだ笑みを浮かべながら、少女が『その時』の事を初めて告白する。



「あの時、私もあの場に集まった沢山の人達の中に、一際大きな輝きを見つけたのです。

 私は『神様』から魂の本質そのものを視る力を与えられていましたから、その輝きの持ち主が、この世界で何か役目を与えられている偉大な方であると、すぐに分かりました。

 だから、この方こそきっと王太子様なのだと、思わず嬉しくなりました。

 もっとも、すぐに『それは違う』、と『神様』に否定されてしまいましたけれど。

 実際の王太子様は、広間でもう少し控えめに澄んだ光を放っている方でした」

「……それは、まさか……」

「ええ、私が広間で一番最初に見つけた光──それが貴方です。

 本当に最初から、私達は互いの事が気になっていたんですね」



 少女と初めて目があった時──微笑まれたのは決して気のせいではなかったのだ。

 彼女は広間に足を踏み入れたその時から、ジルが異質であると気が付いていた。

 またそれ故に、フランスを──延いてはこの世界を守る為に、大きな役割を果たす誰かと成り得ることも。



「いえ……さすがにあの時はそこまで私も『神様』のお考えを読み取る事は出来ませんでした。

 ただ、どこか私と似ている力を持つ方がいらっしゃるのが嬉しかったんです。

 引き合わされた貴方は、本当に魂の輝きがそのまま現世の器として形作られているような方で、私はすぐ好きになってしまいました」



 明け透けな少女の言葉に、ジルは少し照れたように視線を逸らし、頬を掻く。



「貴方は軍属の方とはとても思えないほど聡明で優しくて。それでいて戦場では誰よりも強い方でした。

 この方は『神様』が私を助ける為に遣わして下さった天使様なのではないかと、最初は本気で思っていました。

 でも、だからこそ苦しかった」

「苦しい……?」



 ジャンヌの口から出た意外な告白に、ジルが思わず聞き返す。



「貴方はじゃじゃ馬な私に影のように寄り添いながら、常に誠実で、紳士として振る舞って下さいました。

 戦場や軍議の時はもちろん、夜、二人きりの時でさえ」

 

 どこか悲しげな響きで、ジャンヌは言葉を紡ぐ。



「オルレアンから戦ってきたジャン、アランソン公、ラ・イール隊長、リッシュモン伯──みな、かけがえのない仲間で、本当に大切な人達です。

 誰一人、欠けてもあの奇跡は起こせなかったでしょう。

 ですが、ジャンや公爵達に対する『好き』と、貴方に対するそれとは明らかに違うと、私は気が付いてしまいました。

 私は『神様』に生涯を捧げる誓いを立てていたのにも関わらず、人を、決して好きになってはいけない男性を愛してしまったのです」



 人々を導く聖女としての役目を期待され、また自身もそうあるべきとして神の定めた運命に従ってきた彼女にとって、それは己の存在理由を揺るがす一大事であった。

 この創造主や彼女に救いを求める人々への裏切りとも言える感情は、彼女に途方もない罪悪感を背負わせる事になり、果たすべき使命との狭間で己がどうあるべきか、大いに悩ませることになったのだった。



「その方は妻子ある大貴族で、とても私のような後ろ盾の無い小娘とつり合いの取れる方ではありません。

 この道ならぬ恋を実らせるのは端から無理だと分かっていました。

 だからせめて……戦場に居る間だけでもいい。

 一夜の過ちで構わない。

 いっそ、貴方から私をただの女にして下さらないかと……そんな浅ましい期待すら抱くようになっていました」

「………………」



 それはずっと聖女として祀られてきた少女が、その心にひた隠しにしてきた闇であり、儚くも愛らしい人間としての感情だった。

 ジルと同じかそれ以上に、少女は自らの想いの重さに苦しんでいた。



「でも、貴方は他の殿方と違って、いかなる時も騎士である自分を崩しては下さいませんでした。

 貴方の清らかさや落ち着いた佇まいが眩しくて、余計に自分が惨めで……このまま苦しみ続けるなら、軽蔑されて貴方から離れた方がいいと……ランスであんな真似を……」

「……そう……だったのですか……」



 まさか、それほどジャンヌが思い詰めていたとは。

 あれほど傍に居ながら、思い至らなかった己の余裕のなさが改めて憎らしい。

 しかし、悩み抜いた末、戦場であれほど凛々しく振る舞っていた少女が見せることになった、精一杯の『女』としての勇気。

 それが結果として二人を結びつけ、少女もジルも救ったのだ。



「私ばかりが苦しんでいるようで悔しくて、思わず仕出かした行動でしたが、貴方もずっとずっと苦しんでいたのが分かって……ごめんなさい、私、凄く安心したんです。

 貴方が天使様ではなく、私と同じ人間だった、という事が分かって。

 それからますます貴方が大好きになりました」



 自分を覗き込んでいる美貌の輪郭を愛おしげに指でなぞり、ジャンヌが表情を綻ばせる。

 艶やかでありながら、温かく慈愛に満ちて、包まれるような安らぎを与えるその笑顔。

 青年にとって何よりも大切な奇跡の光。



「だからどうか……今夜は最後まで私を愛して下さい……」

 言葉が終わるか終らないか分からないうちに、ジルの口付けが少女の珊瑚色をした唇を塞いでいた。

 ここまで思われて、ジルの中の男が奮い立たぬはずもない。

「──ええ、言われずとも」



 微笑み返してから、また深く口付ける。



 ジャンヌが愛おしくてたまらない。

 もう、誰にも奪わせてなるものか。

 彼女の全ては、自分のものだ。

 そして、この身の全ては彼女のもの。

 互いが互いのものであり、だからこそ一人では欠けたままの部分を満たしたくて、魅かれあい、求めあう──





■■■



以下は例によって大人の営み・ラウンド2に突入するので、本更新をお待ち下さい。

ファンタジーなBLだったら、とっとと二人をヘブン行きにして終了なんですが(←)、この二人、色々愛が重すぎて展開にマジで気を使います……



可能な方は、プレジルの濡れ場と今回のジルジャンのそれと読み比べてみると、作者の試行錯誤ぶりがお察し頂けるかと思います。はい。
















(21:54)

2015年08月30日

小説の連載終了までにはもう少し時間がかかりそうです……そんなわけで、現在書いている『還り着く場所』(23)の冒頭だけ。ちょびっと。



『還り着く場所』(23)



 かつて、〈救国の聖女〉と、あるいは〈破滅を運ぶ魔女〉と呼ばれた少女がいた。 



 主が望まれるままに生み出され、示されるままに学び、導かれるままに戦場へ立ち──役目を果たして炎に消える。

 それが歴史の中で彼女に与えられた尊い使命であり、また抗えども逃れ難い宿命でもあった。

 偉大なる父の御心は絶対であり、主の忠実なる被造物である彼女は、粛々とこれを受け入れ、天の思惑と人々の理想に殉ずるはずだった。

 

 だが。

 神の意志を運ぶ者でありながら、あくまでも人として人の世界に生を受けた彼女は知ってしまったのだ。

 造物主への信仰とは別に、迷い、揺らぎそうになる心の支えとなる気持ちを。

 使命の成就と同じかそれ以上の喜びをもたらしてくれる、温かな手の存在を。



 ゆえに、彼女は終幕の炎に包まれながら祈った。

 それは彼女が己の為に捧げる、最初で最期の切なる願い。

 いつわりなき、魂の叫び。

 

 そして──その強い想いは宇宙の采配を動かし、ついにここへ奇跡を起こした。

 

 ──あの人の腕の中に帰りたい。

 彼女の願いは、そのまま彼の願いへと通ずる。

 ──もう一度、この手で彼女を抱き締めたい。



 願いを叶えるのに必要だったのは、自分に正直になる勇気だけ。



 長い祈りの果て。お互いの心を偽り、遮るものは全て消えた。

 二人が胸の内に湧き上がる衝動を抑える理由も、想いを遂げる事を咎める者もどこにもない。



 今はただ、この至福の時の中、互いの全てでもってありあまる愛を交わし続けよう──





■■■





……すいません。マジでこれだけです。

(本文はどこだよ)



以下はもうヤプログだと完全にアウトな描写だけで綴られているので、正直サイト(ワードプレス)の方も大丈夫かなと微妙に心配しております。(いわゆるベタな成人男性向小説のように直接的な言葉は一切使ってはいませんけどね)

まあ、駄目だったらレンタルしているサーバ上か、ピクシブへのリンクを貼るだけですが。



全然ぬるいとは思いますけどね。思っているのは本人だけという説もあるからね。(←)



このシーンを書く為だけにマラソンのような連載をやってきたようなものなので、ちゃんと納得がいくように書いておきたいのです。

(一度真面目なのを書いておけば、そこからまた色々書けますから←何を)

この二人に関しては、連載中に色々膨らみ過ぎて、語りたい事は尽きないのですが、それはまた時と場所を改めて。



ダレフ、ルカさん、元帥と、順に幸せに至る攻略難易度が上がっていく主人公ズですが、この連載が終了して元帥がハッピーになると、サイトにおける内的な正負のバランスが大分変りますね。

まあ、最高難易度のがほぼ手付かずで一人残ってますけど。(※ヒント:金髪)



(※基本的にダレフ、ルカさんは心理学的に言うと元から自己肯定感の高いタイプなので、普通であれば比較的イージーモードな人生を過ごせるキャラ。逆に元帥、殿下は自己肯定感が低い&思考が罪悪感に塗れている為、非常に生き辛いハードモードな人生を送るタイプ。ただ、ルカさんの場合は吸血鬼化に際して罪悪感をしょい込む事になったので、そこから人生がややハードモードになりましたが。それでもハードを通り越して『マニアック』に到達している殿下より大分マシ)



例によって眼精疲労の具合がもうマッドマックス、肩から上の部分が悲鳴を上げて悶絶昇天しかけてますが、だましだましなんとかします。



この連載が終わったら、しばらくはモニタを見たくないので、大人しくアナログ絵を描いて過ごそうかと思います。

それか、昔のように小説もアナログ原稿に戻すかな。






(19:57)

2015年05月10日

還り着く場所(13)



「──皆、貴女の事を愛していました」



 鼓動に合わせて鈍く痛む胸に、知らず手を当てながら、力無き者の守護者と謳われ、また煉獄の戦鬼と怖れられた青年は、来たるその日、その瞬間を脳裏に描く。

 思い起こす度、未だ魂に刻まれた傷口から血が滲み出してくるような光景。

 誰もかれもが戦っていた、必死に為すべきことを果たそうとしていた、あの日の事を。



「我々と同じく、デュノワ伯も貴方を救出する為に兵を集めていました。

 アランソン公もノルマンディ攻略の傍ら、貴重な手勢を割いては貴方の下へ何度も向かわせていたと云います。

 他にも多くの戦友が、貴方を想って身代金を陛下の下へ届けていました。

 宮廷は確かに貴方を切り捨てたかもしれない。ですが、フランスの全てが貴女を裏切ったわけではなかったのです。

 ──実際は、あの陛下でさえも」



 憂いに目を伏せていた青年の瞳に、それまでとは違う光が宿る。

 理知と神秘を湛えた、吸い込まれそうなほど深い碧の中に、閃く赤い怒り。



「各々が遠く離れていたとしても、皆が貴方を想い、繋がっていた。

 それを踏み躙り、貶めたのは、全てあの男の悪意であり──そしてその悪意を看過してしまったのは、どうしようもなく、非力で凡庸な私の存在でした」



 



◆◆◆





 古来よりノルマンディ地方の首都として栄え、現在はイングランド軍の占領下にあり、その支配に喘ぐ都市・ルーアン。

 その郊外にあるブーヴルイユ城に、ル・クロトワより出発したジャンヌが間もなく到着する。



 移送隊の規模、予定された日程とその進路、ルーアン到着時の収容体制──ジルの前に引き摺り出された男は、己の知る限りの情報を洗いざらい吐き出した。



「……ああ、間違いない。

 神に誓って嘘じゃない。

 だから……た、たすけて……助けてくれ……!」



 おそらく、目の前の一見小奇麗で貧弱そうに見える青年の中に、得体の知れない恐怖を感じたのだろう。

 その期待に応えて、片腕で男の首を引っ掴み締め上げてやると、ジルより一回り以上大きなその身体は、あっけなく昏倒した。



 密偵達からの情報と、襲撃によって捕えたイングランド兵達からの告白で、ジルはジャンヌを取り巻く過酷な状況をより正確に把握しつつあった。



 彼女の処遇を巡っては、無関心を決め込むフランス宮廷を余所に、パリ大学の聖職者達とブルゴーニュ派、そしてイングランド軍との間で長らく政治的駆け引きが続いていた。

 三者三様の思惑が飛び交う中、ジャンヌはただ黙して救いの手が差し伸べられる事を待っていたが、ここにきて、とうとう最も恐れていた事態──イングランド側の陣中にその身が委ねられると知った時、乙女は哀しみのあまり自ら命を絶とうとしたと云う。



「生臭坊主が──小賢しい真似を」



 低い声で吐き捨てる主人の瞳が怒りに紅く燃え上がるのを見て、付き従う副将の蒼白となった顔から冷たい汗が流れ落ちた。

 

 ピエール・コーション。度重なるパリ大学からの身柄引き渡しの要請を突っ撥ね、ブルゴーニュ派とイングランドの間を橋渡しした黒い影。あれほど気丈で敬虔な娘であるジャンヌをしてその身を塔の上から投げ出させる程、徹底的なまでに追い詰めた男。かつてのランス大司教にして、現在はイングランド王の庇護を受けながらボーヴィエの司教におさまっている実に狡猾な人物だった。

 ブルゴーニュ派の重鎮であり、あのトロワ条約を成立させる事で、シャルルから王位継承権を剥奪した首謀者とも言える悪名高き司教は、今度はジャンヌをイングランドに売り渡す事によって、またしてもシャルルの権威を傷つけ、貶めようとしていたのだった。



 更に加えて、教会での立場をより堅固にした上で枢機卿の地位を狙うコーションは、自らがランスを追われる原因を作った憎らしい小娘──ジャンヌを己が手で宗教裁判にかけようと、異常なまでの執念を燃やしていた。

 結果として、様々なフランス国内における皮肉的状況も重なって、ジャンヌは男が望む通り、魔女として敵地に引き立てられ、その出世への足掛かりにされつつあった。



「しかし妙だな……これまで散々警戒されてきた割には、移送隊の警備についている兵士の数が随分少なくないか?

 まあ、こいつの話した内容が一から十まで本当ならば、の話だけどよ」



 泡を吹いて床に転がっているイングランド兵をつま先で弄いながら、ラ・イールが首を傾げる。

 彼らにとって重要な戦犯である〈アルマニャックの魔女〉をはるばる連行してくるにしては、部隊の編成があまりにも小規模なのだ。

 

 ルーヴィエに到着してから、ジルとラ・イール、そして彼らが率いる兵士達は、ここを根拠地として出撃を繰り返していた。

 聖女の奪還という尊い使命の下、固く結束した精鋭部隊による猛攻撃に、イングランド兵達は震え上がった。

 復讐心に燃える男達には、商売気など全くない。立ちはだかる者は容赦なく斬り屠り、降伏した者も情報と物資を搾り上げられるだけ搾り上げた後は、荒野に討ち捨て晒し物にした。



 中でもとりわけ冷酷な紅い目をした死神の存在は、周辺のイングランド兵の間で噂になっていた。

 その姿は例えるなら戦場を駆ける黒い迅雷。『それ』に出会ったが最後、絶対に生きては帰れない。

 彼らの恐怖と緊張は今や極限に達していたのだ。

 ジャンヌの移送がいくら隠密行動にしろ、無防備に過ぎるというものである。



 他ならぬ乙女の為であれば、男達は手段を選ばない。時に暗闇に紛れ、相手の寝首を掻くようなやり方は、誇り高い騎士とは思えぬ汚い所業であったが、元より彼らは王命により正規に派遣された軍ではない。

 どれほど少女が人々に慕われている存在であろうとも、ジル達の戦いは所詮私怨によるものに過ぎないのだ。

 この作戦が無事成功したとしても、王命に背いて兵士達を扇動したと罪に問われる可能性とて、十二分に考えられた。



 もっとも、ジルは端からその覚悟を決めていた。

 どのみちこの騒乱に紛れて、死を装いつつ、ジャンヌと二人、表舞台から姿を消すつもりでいる事は、ラ・イールにも麾下の兵士達にも伝えてある。

 全ての責任は己の社会的な死をもって取る。

 あとはただひっそりと、名も無き一人の男としてジャンヌを守って暮らすだけだと。



「まあ……ジャンヌを養うのに困ったら、貴公の傭兵団の世話になる事もあるかもしれんがな。

 その時は存分にこき使ってくれてかまわんよ」



 言って朗らかに笑うジルを見て、ラ・イールはこの男にしては珍しく、今にも泣きそうな顔をして、我が子ほど年の離れた戦友の頭をぐしゃぐしゃと撫でたものだった。



「……そう言えば、デュノワ伯の方から妙な話を聞いている。

 最近イングランド軍の駐屯地を襲ったアランソン公の部隊が、『全滅』させられたと」



 ジル達とは別に、ノルマンディでのゲリラ活動を行っていたデュノワ伯が率いる一団からその情報を受け取ったのは、つい昨日の話だ。



「全滅ゥ?

 単に算を乱して潰走したって話じゃないのか?」

「いや──どうも言葉そのままの意味らしい。

 派遣した兵士達の誰一人生きては戻ってこなかったそうだ。

 帰ってきたのは、そう──指揮を任せていた小隊長の首だけだったと」

「………………」



 何やら話の裏に漂う不穏な空気に、ラ・イールの軽口が止まる。



「情報を初めて耳にした時には、流石に伯爵も信じてはいなかったらしい。

 しかし、それが紛れもなく真実だと先日思い知らされたそうだ。

 自分の兵士達が、目の前であっという間に屍に変わっていくのを見てな。

 ──それもたった一人の手で」



 ラ・イールが今度こそ息を呑むのが分かった。



「部下が身体を張ってくれたおかげで、伯爵自身はなんとか『そいつ』の前から命からがら逃げ帰ってきたそうだ。

 彼に仕える者の証言では、あれほど胆力のある伯爵が、本陣に戻ってからしばらくの間は錯乱して会話にならなかったと言っている」

「なんだよそりゃ。

 〈私生児〉ジャンは一体どんな化物と戦ったってんだ?」

「──魔術師だ」

「は?」

「イングランド軍には、本物の魔術師がついている──」





◆◆◆



とりあえず、本日上げられるのはこのあたりまで。

いよいよ展開がなんちゃって歴史物から本格的に厨二病なファンタジーにシフトしていくよ……!(白目)










(22:15)

2015年04月09日

還り着く場所(11)



 私の──大切な、もの。

 長らく忘れていた師の言葉を思い出して以来、ジルは己に問うていた。



 私が守るべきものとは一体何だ?

 家族の未来?

 騎士としての、貴族としての矜持?

 国への忠誠?それとも────



 何をいまさら。本当はとっくに答えなど出ているだろう。



 苦悩する己の心の片隅で、冷たくもう一人の自分が言い放つ。

 臆病者め。お前に認める覚悟が無いだけだ。本当の自分を受け入れる勇気がないだけ。

 迷う筈もない一本道の真ん中で、いつまで呆けて立っている?

 これ以上、今いる場所で何が出来る──?

 

 これまで戦場に赴く事は叶わぬ身ではあるが、時間の許す限り、己が出来る限りの手は打ってきた。



 トレモイユに訴えたところでなしのつぶてであったから、少々手荒な方法ではあったが、叔父の顔を立てる素振りをしながらヨランドの身柄を拘束し、半ば脅すような形で交渉を試みる真似までしてみた。



 しかし、それでも宮廷が当初の方針を変える事はなかった。



 延長されたブルゴーニュ派の休戦協定は実際のところ形ばかりのもので、ジルが所領で燻っている今も、彼らはイングランド軍の影に隠れて巧妙に軍事行動を続け、水面下での和平交渉を嘲笑うかのように、露骨な挑発を繰り返していた。

 この不穏な情勢にフランス王家に帰順していたランスをはじめとするシャンパーニュ地方の諸都市は戦慄し、目の前に迫るイングランド軍と報復の予感に悲壮感を溢れさせている。



 見放された街の人々はかねてから宮廷に向けて窮状をさかんに訴えており、板挟みにされているジャンヌはさぞ居た堪れない思いでいるだろう。



 もう会えなくなって数か月になる。

 密偵の到着を待ちながら、ジルはシュリの地で孤軍奮闘しているであろう少女を想う。



 これまでの報告からだと、シャルルやトレモイユにシャンパーニュ地方を救援する動きは無く、宮廷で半ば軟禁に近い扱いを受けているジャンヌにも、当然兵を集めてそこへ向かう手段などあるはずもなかった。

 だいたい彼女が貴族として得た給金を叩いたところで、集められる兵の数、質などたかが知れている。

 はした金に集まる傭兵は、当然、はした金で裏切るようになる。

 ラ・イールやジルが率いる部隊ほどの練度を誇る兵士達など、今のフランスでそう見つかるものではない。



 オルレアンへの道中、ずっと言い聞かせてきた。

 兵を無駄にする戦をしてはいけない。

 使命感という感情の力だけでは、戦況は覆せない、と。

 

 だが、今ジルと彼女は遠く離れた場所にいる。

 ドレスを纏えばどこに出しても恥ずかしくない淑女のように振る舞うくせに、あの少女は戦場ではとかく無茶をしがちだった。



 何事もなければいいのだが────



 ただの思い過ごしかもしれない。

 しかし、最近のブルゴーニュ派の動きを見ていると、どうしようもなく胸騒ぎがするのだ。

 軍人としての、一種の感だろうか。

 あるいは、少女との特別な繋がり故であろうか。



 ただ、無事であってくれればそれでよい。

 それは王家に仕える軍人として頂点を極めた男が抱くには、決して贅沢な望みではなかっただろう。



「……ジル様!」



 だというのに。

 ジルが前にした現実はあまりにも無情だった。



 血相を変えて部屋を飛び出す主人の後を、側近達が慌てて追う。

 愛する乙女の身を案じる元帥の下に届けられたのは、コンピエーニュでジャンヌが捕縛されたという最も聞きたくなかった報せだった。







■■■





 今週末の管理人は例によって外出予定があり、更新が間に合うかどうか怪しい為、とりあえず無難な部分だけ先行公開。



 淡泊クールキャラ→ナイーブキャラを経て、やっと元帥が覚醒モードに入る山場回でございます。一応。

 他にもあの人との舌戦があったり、思わせぶりな誰かが出てきたり色々盛り沢山なのでよろしく。






(20:02)

2015年03月31日

『還り着く場所』(10)



 ──1429年12月。

 ラ・シャリテ奪還作戦の失敗により、シュリの宮廷におけるジャンヌの立場がより孤立を深める中、領地への帰還を命じられたジルもまた孤独を味わっていた。



 この頃、王国随一の大領主たる元帥が抱える居城の一つ、シャントセは、現当主の長女マリが誕生した事で大いに湧いていた。

 名付け親達の立ち合いの下、洗礼を無事済ませた大切な姫君の世話に奔走する家臣達の様子を、一向に現実感が伴わないまま、何時ぞやのようにジルはただ、遠巻きに眺めていた。

 父になった実感など──歓びなど得られるはずもない。

 新しい命は、彼があずかり知らぬところで行われた秘事によって齎されたものだったのだから。

 

 だが、それでも。

 生まれてくる子に罪はない。一族の長としての体面もある。

 あまり妻や子を邪険にしていては、家臣達も訝しむ。

 きっと娘も──あくまでも戸籍上の繋がりではあるが──物心もつかないうちに、所領の拡大に利用されるようになるのだろう。

 たとえ一時であっても、いつわりなき愛と誠の慕情に身を焦がした者としては、その行く末に憐れみを覚え、幸多き事を願わなくもなかった。

 

 複雑な思いに揺り動かされながら、形式に則りジルが育児室を訪れると、そこには既に先客がいた。



「……おや、兄上。

 まさかいらっしゃるとは、思ってもおりませんでした」

「…………」



 むつきに包まれた赤子を腕に抱きながら、どこか誇らしげな顔で、ルネは今や王国元帥となった兄を出迎えた。

 たちまちその場の空気が凍りついた。

 対峙する兄弟の間で、乳母や家臣達がおろおろとそれぞれの顔を見比べては、口をぱくぱくさせている。

 だが、そんな動揺を隠せないでいる周囲の様子を余所に、ルネは相変わらず慌てる様子もなく、堂々とした態度で言葉を続ける。



「カトリーヌ殿は立派に領主の妻としての役目を果たして下さいました。

 見て御覧なさい。この愛らしい赤子を。

 将来は母に似てさぞ美しくなることでしょう」



 ジルは無言を貫いたまま、娘を抱く弟を見つめている。

 赤子は大人しく男の腕に抱かれながら、その深い愛情を感じさせる蒼い瞳に向かって、無邪気な笑顔を振りまいていた。

 ──きっと本能で一体誰が父親であるのか理解しているのだろう。



「お忙しい所、せっかくいらっしゃったのです。

 貴方もこの子を抱いてやるといい。

 大切な大切な──一族の娘なのですから」



 ルネは赤子を『ジルの娘』とは言わなかった。

 周囲の家臣達もあえてそれを聞き流したまま、言及しようとはしない。

 この場にいる者は皆、知っているのだ。

 赤子の出自と、真実を。



 それでいて、ルネに悪びれた様子は全くなかった。

 さも当然のように、赤子からの信頼を独占したまま、弟はジルに言い放った。



「留守の間、この子やカトリーヌ殿は私が力の限りお守りしますゆえに。

 どうぞ、兄上は一族の栄誉の為、王国元帥としてのお役目を全うして下さいませ」

「……ああ、頼んだ」



 受け応える声は抑揚がなく、我ながら恐ろしい程感情が欠落していた。



 固唾を飲んで見守る家臣達が憐れになり、結局娘には指一本触れる事無く、ジルは育児室を退去した。

 踵を返したジルの網膜には、見送るルネの勝利者然とした不敵な笑みが焼き付いてた。






続きを読む

(21:21)

2015年02月22日

『還り着く場所』(9)



 後にヨーロッパの覇者となり、絶対王政の下、隆盛を極めた大邦、フランス。

 その絢爛たる国家の歴史において、とりわけ激動の時代を生きる事になった二人の青年──シャルル・ド・ヴァロワ、のちの『勝利王』シャルル七世と、彼の忠実なる騎士としてフランス王国元帥の地位に就く事となるレイ男爵こと、ジル・ド・モンモランシー=ラヴァルの出会いは、オルレアンの戦いが始まる4年前に遡る。



 1425年、イングランドからの侵攻に加え、長らく内乱状態にあるフランス国内の複雑かつ陰惨な政治的状況を克服し、王権を盤石にするべく、王太子シャルルとブルターニュ公ジャン五世の会談がソミュールの地で行われた。



 シャルルの義母である賢夫人、ヨランド・ダラゴンによって仕組まれた和議の場には、ヨランドの息子ルイが治めるアンジュ公家の家臣であると同時に、ブルターニュ内に広大な領地を保有し、その公家とも馴染みが深いジャン・ド・クランが両者の仲介をするべく招かれており、ジルもまた祖父の側近としてここへ同席していた。



 時に、ジル20歳、シャルル21歳──どちらも少年期をようやく脱したばかりの若者であり、貴族社会に跋扈する老獪な野心家達にとっては、まだ取るに足らない小僧達に過ぎなかっただろう。



 本来貴族達の中心にあって采配を振るうはずの王太子シャルルは、未だ自分の裁量で宮廷を取り仕切る事は叶わず、人々からは『ブールジュの王』と蔑まれ、ひたすら辛酸を舐める日々が続いていた。

 実母の裏切りにより王国の正当な継承者である事を否定され、その肩には先代から続く負け戦の負債が重く圧し掛かったまま、仮初めの玉座で身動きが取れずにいる哀れな青年。彼は尊ばれるべき血筋にありながら、国政というゲーム盤の上で都合良く動かされるコマの立場に、甘んじるしかなかった。



 だが。

 それでもシャルルは、この残酷で不条理な運命に耐え、持てる力の限りで抗い続けていた。

 意志薄弱で愚鈍な王と蔑まれ、嘲りを受けながらも、辛抱強く、機会が来るのを待っていたのだ。



 初めて主君となる人物と顔を合わせた時、ジルは彼の目を見て、それを悟った。

 ──この方は、侮って許されるような臆病者では決してない。必ず何かを成し遂げる人物だ、と。

 

 だから、ついて行こうと、決めた。

 臣下として、生涯続くであろう彼の戦いを支えよう、そう思った。



 ──逆にシャルルはこの時のジルに対し、どのような所感を持っていたのだろうか。

 

 ジルは、王は自分の事などきっと覚えてなどいないだろう……と、ごく無難に考えていた。

 所詮、自分は折衝役を引き受けていたとはいえ、祖父の付き人にしか過ぎない。陛下はお忙しい方だ。尊敬するリッシュモン伯のように、王にとって助けとなる武勲を上げる事で、いずれは気に留めてもらえるようになれば、それでいい。



 だが、ジルの想いとは裏腹に、この時からシャルルは、将来王国元帥として自らが百合の紋を贈る事になる青年の存在を、強く記憶に留めていた。



 自らと同じく、男としての逞しさからはほど遠い容姿でありながら、義母ヨランドからも一目置かれる聡明で勇敢な騎士道の体現者──ブルターニュ領内で始まった内乱を舞台に16歳で華々しく初陣を飾り、祖父の薫陶を受け軍人としての頭角を現していたジルに対し、シャルルが抱いたのは、期待や信頼ではなく、どうしようもない羨望と劣等感だった。



 本来、王であれば生まれながらして持つべき力を禿鷹のような貴族達に奪われ尽くし、誇りすら踏み躙られたシャルルにとって、富と栄光に恵まれたジルの姿は、どれだけ眩しく──そして憎らしく映ったことだろう。



「──私は、陛下の騎士であろうとしながら、そのくせ陛下の事を何も理解しようとしていなかった」



 気が付けば、秋の太陽は大きく傾き、最後の光で恋人達を祝福しながら、水平線の彼方へと消えようとしている。

 そのどうしようもなく郷愁を誘う姿を碧い瞳に焼き付けながら、かつて男爵と呼ばれた青年の脳裏に去来するのは、いかなる光景か。

 少女の目に映る横顔は陰りを帯びて、慚愧の念に揺れているようだった。



「今であれば、少しはあの方の心に寄り添える気がします。

 あの方は確かに偉大な王でした。

 ……しかし、陛下もまた人間だったのです。

 私と同じ……弱さを持った人間だった……」



 強い光は、より深い闇を生む。

 出会いの瞬間から、王と騎士、二人の心はどうしようもなくすれ違っていた。



 ──そして薄氷の上に築かれたがごとく危うい男達の主従関係は、一人の少女を介して決定的に破綻する事になるのだった。





■■■





 連載の再開が遅れまくっていてすいません。

 現在小説の書き方について色々模索中。










(22:00)